28日(水)熱海駅前で早朝街頭活動を渡辺周事務所の渡辺迅さんと熱海支部の松尾さんと共におこないました。
今日はいつになく寒く・・ではなくて、豪雨でした。
やはり片手にバック、片手に傘ではなかなかニュースを手渡そうとしても、晴天時に比べ消極的になるわけで・・
それでも指に挟もうとしてくださったり、渡しそびれて立ち止まってくださったり、そして声をかけてくださったりで、続けることに意義があると実感しました。しかし、まだまだ民主党には失望したという声もいただくわけで、今日は「自浄作用がないね。でもがんばれ。」と声をかけていただきました。
また前回の自分の選挙の支援者に久し振りにお会いでき、聞くところによると脳梗塞で入院されていたとのこと、後遺症もなく軽く済んだことは不幸中の幸いと話してくれました。
豪雨のなかでも春の訪れを感じるのは駅には傘が咲き、雨の為のかさではなく、ツバメの巣のヒナの転落防止のための策で傘がサカサマにぶるさがっている光景が見られます。子育てに一生懸命で餌を探している様子がよく見えて思わず気をとられてしまいました。
さて話は変わり、午後は第21回熱海をどりのご招待をいただき、2階席で観覧させていただきました。
熱海花柳界の始祖、坂東三代吉師(樋口ろく)は、明治十年遊芸師として熱海浜町に居住し、ご滞在のお客様に稽古をして居た。長唄は杵屋、踊りは坂東流で岩倉具視さんんのお墨付きだった。明治四十三年には三代吉師の功労記念碑を当時の豪商、公爵、侯爵の方々が、大乗寺の山門に等身大の碑を立てた。今では跡形もないが、芸妓の祖である三代吉師の功績を称え、平成四年芸妓組合で撥扇塚を建立した。毎年四月二十日に芸道精進を願い、使い古したお道具(扇子、三味線の糸撥等)をお炊き上げし供養している。(芸妓組合の沿革より一部抜粋)
というわけで歴史ある熱海芸妓、常磐津三保の松を踊るいろ紙さんと愛千代さん、奈々さん、小夏さんを画像に収め、日頃の鍛錬の成果が十二分に発揮され、思わず見とれてしまう場面ばかりでしたが、ミス一つない内容にただただ敬服、さすが熱海の芸妓さん、満員の会場のみなさんから拍手喝采浴びていました。