橋本かずみ活動ブログ

行政調査PART1 小樽の観光とおたる案内人観光ガイド

熱海市議会観光建設公営企業委員会にて北海道小樽市と札幌市の行政調査を令和元年10月8日から10日の日程で実施いたしましたので要旨をご報告致します。
まず、小樽市様では、おたる案内人観光ガイドについて及びクルーズ船の誘致について学ばさせていただきました。
おたる観光ガイドの説明では、話の節々で小樽市民の皆さんの地域への思い入れというか地域愛を強く感じました。
小樽運河の埋め立ての一大論争、北前船の歴史、日本遺産登録、未来を託す子供達への期待、子供の時から小樽を知る大切さを改めて学び、熱海市でも取り入れられる事は是非取り入れ施策に生かしてまいりたいと感じた次第です。

(小樽市議会事務局長中田克浩様)(小樽のご紹介)
小樽市は古くはニシン漁で栄え、空知地方の豊富に埋蔵する石炭があり、搬出を目的とし、手宮から札幌間に明治13年北海道で最初の鉄道が敷かれた。
明治30年ぐらいから、港の整備が本格化、石炭、雑穀、日用雑貨の輸出が盛んとなり、海産物は全国の7割が小樽に集められたという記録が残っている。当時は樺太航路、欧米航路があり、色内本通りに都市銀行や商社が軒を競い北のウオール街と呼ばれていた。当時の記録では小樽の穀物相場が全国の相場に影響を与えたくらい経済が活況していた。
日本銀行の小樽支店が平成14年まで開業していたが現在は金融資料館として残されている。すぐ隣に札幌がある中で日本銀行が支店を構えたというところからも非常に経済が活況していたことが窺える。
しかしながら、第二次大戦後、流通機構の流れが変わる。エネルギーが石炭から石油に変わり、流通の流れが日本海から太平洋側に移り、港で言えば、北海道の苫小牧港に移って行き、小樽の経済は衰退の一途を辿ることになる。
昭和40年代50年代は斜陽都市と呼ばれ、経済においては隣の札幌市に吸収されていった。
その克服のために札幌と小樽の間の高速道路札樽自動車道の建設、大型フェリーの就航、新潟、敦賀、舞鶴に航路が引かれた。港の埠頭の整備も行った。駅前の再開発、国道拡幅、臨港線の建設と色々な事業を進めてきた。
臨港線の建設は、当時は国道5号しかメイン道路がなかったが緩和のために小樽運河を埋め立てて道路にする都市計画決定が進んだ。
当時運河が使われなくなった。小樽港取り扱いは1100万トンある、その9割がフェリー、倉庫や港が使われなくなってきた。運河も同じ。しかし、埋め立てて道路にすることに対して、それで良いのかという市民から非常に大きな議論が沸き起こり一大論争となった。
議論は十数年に及んだが、40メートルのうち20メートルを埋め立てる折衷案を持って決着し現在の運河の姿となった。
使われなくなった倉庫は、北一硝子さんはじめ民間に活用されるようになり今の小樽の観光の基礎となっている。
観光では熱海市さんに到底及びません。年間800万人ほどの観光客は来ていますが宿泊客は1割程度で小樽の観光の大きな課題は滞在型から宿泊型の移行が昔から言われているがこれが大きな課題となっている。

(小樽市産業港湾部観光振興室主幹中村寿春様)(小樽の観光)
年間800万人のお客様に入り込んでいただいてますが、昨年は胆振地震の影響により、800万人を割り込み、約3パーセント減の781万4200人となった。9月10月は極端に落ち込んだがその後の小樽は元気でやっていますというプロジェクトもあって宿泊者数は過去最高になった。105.2パーセント。小樽もインバウンドのお客様、千歳空港の直行便の影響もあって、アジア圏、中国の方多い55000人、次が韓国54000人、宿泊者数値、直行便の影響で近年倍増していたが、今年はホワイト国の件で8月以降は半減、業界全般での分析として韓国の方の消費は割と節約型で聞き取りの範囲では今の所大きな影響は出ていない。長引くと影響があると思う。商工会議所と連携しながら対策会議を行なっている。
外国人向けの宿泊施設も伸びている。35年から入り込みの統計を取っている。
運河散策路で有名になって、入り込み増えていく。
マイカル、ヒルトンが整備されていく。東日本大震災で落ち込むがLCCで増えていく。
ロケツーリズム、ラブレター中山美穂さんが主演、海外の方も、聖地巡礼できて頂いている。フィルもコミッションは年間100件くらいのお問い合わせある。最近ではパンの物語が映画になっていてその舞台に小樽がなっている。
観光の原点ですが、港中心に繁栄してきた、日本遺産の登録、現在全国で100件くらいの登録ですが、文化遺産を取り巻くストーリー、文化庁が進めている。
北前船、木造の大型船、江戸中期から明治中期にかけて、大阪から日本海側で北海道まで、積荷を各地で売る、商売の船。地元北海道では弁財船とも言う。寄港地で安い商品があれば買い、高く売れるところで売る。潮の流れで北上、1000両、現在の価値で約6000万から1億の売上があり、大金持ちの商船の物語となる。食文化や民謡、織物文化なども運んだ。
石炭を運び鉄道が整備された事が日本遺産にもなっている。
小樽の観光元年、昭和61年現在の小樽運河の姿となる。

(特定非営利法人歴史文化研究所総務部長美濃進様)(おたる案内人観光ガイド養成について)
この企画を提案した15年前、既に700万人の観光客が来ていて、運河が新しく埋め立てられ、急速に観光化した街なので、ソフト面が追いついていない街。
ボランティアは当時からたくさんいたが自己流で時系列で小樽の街を学んではおらず、結構チグハグな話をしていた状況だった。矛盾点が出てきた。
小樽市が地域経済活性化会議が始まった。新たなビジネス、新たな人材目的、企画書を提出、取り上げられた。
当時はご当地検定かと言われたが、それは通過点でその後に資格を取った方がスキルアップしてこの街で、この土地できちんと役に立つ人材になるための仕組みを作りたいという事で始まった。ワーキンググループ、分科会から始まり、実現のために仮称観光大学校に向けた運営委員会が立ち上げた。
一番問題はお金、民間のお金で始め、民間から集め最初は300万円集めて検定試験の費用テキスト費用、認定書等に充てられた。テキストを読み物に考慮して作った。
学校長は小樽市長。商工会議所と教育委員会、産業港湾部等、私の方は実行部隊。
ニセコさんは自然を活かした観光、小樽は景観を考えた時の歴史の把握、そして知識だけではなく、その中の凄さを伝える事ができるガイド必要、また、おもてなしができる人材が必要。こう言う人を育てたい。
ガイドは、2級と1級、マイスターがいる。
ご当地検定との違いは、試験ランクがある。
今現在、1047人、現状ガイドされているのは4、50人、それ以外は例えば銀行勤や観光関連施設に勤めている方などは仕事で役立てている。お客様の対応に役立つ。
銀行ぐるみで資格取得されているところもある。
運営委員会の他に理事会がある。
2ヶ月に1回スキルアップ講座あり、132講座、テキストに載っていないことなど。
ミス小樽のデビュー前にも基礎コースをマンツーマンでやる。
雪明りの路のバックヤードツアー、ボランティアで成り立っているイベントもある
年50回サポートガイドも行なっている。土日祝。
ジュニア育成プログラム、観光ガイドだけでは勿体無い。
子供達の参考にしてもらう。
全校は難しい。まず手を挙げてくれた学校から始めた。
共同学習、港がなんでできたのか、鉄道がどうしてできたのか。副読本には点でしか書かれていない。保護者も知らない事、子供達の郷土愛、自分の街の凄さ、想像以上に子供達は吸収する。2年間のプログラムだが、実際にガイドをやってもらうが、表現力や社会力生まれる。普段学校の先生や家族と接するが第三者が沢山いる、身振り手振りなんとか伝えようと表現する。声も含めいろんな力が身についてくる。総合学習の時間を使っている。子供達も観光ガイドができる町。
6年生で実際にガイドをする。
最初は緊張するが、少し褒められるとすぐ上手くなる。
運良く優秀賞もらえた。
ガイドの役割と効果は、観光客路直接接する事ができる。お客さんと情報交換ができる。また来ていただける効果ある。覚えてもらえる。
資格を取った方たちの交流会を年に2回やっている。ガイドのトレーニングの情報などで仲間を増やす。情報交換ができる。
課題は、観光大学は、小さなお財布でやって来ている。ガイドはボランティアだがバス等で来ている。数百円でも応援してあげられるようにできればいいなと思う。
今後継続していくために受験者数維持のためにはどうしたら良いかとか。テキストを売るにはどうしたら良いかとか。
1番の問題は世代交代、一番はじめに資格を取った方は70代後半になる方がいる。最近取った方で10代もいるがベテラン多い、世代交代の仕組みづくりが必要。受験者には30代40代もいるが、現役世代なので、今すぐとはいかないその方たちが60代になった時に出てこれるような仕組みができれば良いと考えている。
小樽案内人の役割としては観光面ではガイドですが教育をしっかり受けているので安心して依頼があれば供給できる人材ですよと。観光ガイドではなくて色々な場面で市民の方に知識を還元できる人材、産業面においては最前線で得た情報とかを観光産業の方に紹介できることもある。

雪虫について 風物詩として説明している 雪虫は通称
インバウンドについて 80万人のうち4分の1の20万人がインバウンドの宿泊者
キャッシュレスは 商店街組合がPayPayとか取り組んでいる バーコードとか取り組んでいる。消費税については国の補助金でのレジ交換など進めてはいるが商店街も古い方多いので苦慮されている状況。
熱海は3万人、外国人が多い事での問題点等は。一言でいうと受け入れ態勢の整備になるがアンケートなどすると案内表示の他国語対応、この店ローマ字では書いてあるがなんのお店かがわからない、小樽バインがなんのお店かがわからない。レストランとは書いていない。そんな話がある。あと雪の問題。ストレスなく満足して歩いてもらう取り組み必要。目的税観光税とか検討をこれからしていかなければならない。
ジュニア育成プログラムについて熱海市はそこまでやっていないが、他の小学校には広がらないか。英語教育、道徳が入ってきたり、各学校のカリキュラムの調整難しい。今やっている学校はたまたま新設校だった。はじめからそれを組み込んだので上手くいっている。既存のところに持っていくと何かがはじき出される問題が出てくる。このボリュームではなく、2コマ3コマやってほしいと言うのはある。例えば小樽運河のなるたちだけ話してほしいとか、子供達を実際に運河に連れて行って説明してほしい等はある。
最初は学校の方が外部の人間が教室に入る抵抗があった。はじめは何度も抵抗された。今の学校は若い先生多く熱心。

         

橋本かずみプロフィール

橋本一実(はしもと・かずみ)
1964年(昭和39年)10月20日生まれ、54歳
家族:母、妻、1男2女
静岡県熱海市清水町5-17
●静岡県立熱海高校卒業(1982年度卒)
●株式会社東海プランニング代表
●熱海市交通指導員(2002年~)
●熱海市バドミントン協会会長(2008年~)
●熱海高校同窓会みどり会会長(2017年~)
●熱海ワイズメンズクラブ会員(1998年~)
●熱海コミカレねっとわーく会員(2002年~)
【公職・政治歴】
●2002年9月:熱海市議会議員初当選
●2003年4月:熱海市議会議員再選
●2007年4月:熱海市議会議員3選
●2010年10月:静岡県議会議員初当選
●2011年4月:静岡県議会議員再選
●2014年5月:静岡県議会厚生委員長
●2015年6月:衆議院議員秘書
●2019年4月:熱海市議会議員4選

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