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2010.02.13  

石仏を探そう!

石仏の道の由来

西山町のバス停付近でこのような案内板を見つけました。

そこには・・

『 古来、熱海村のはずれにあるこの地は、地蔵堂があり四面塔と呼ばれていた。

 左に「みしまみち」、右に「ひがねみち」(現存)の石標があり、東光寺への参道の入り口でもあった。(現在は明水神社に石塔が移転されている)

 天明二年(1782年)、名主今井半太夫が亡くなった子息の菩低堤を弔うため、ここに石仏を寄進した。

 その台石には、熱海村の中心よりここまで十町、ここから日金まで四十町とある。

 これ以後、村長渡辺房求の呼びかけで、日金山東光寺まで四十町の参道に一町目毎に順次石仏が寄進された。

 奇進者は主として熱海の名家や江戸時代の商人などが多い。

 昔から伊豆・相模・駿河の人は、死者の霊魂は必ず日金に昇るといわれ「日金山の奥には地獄がある、亡者の魂は皆ここに集まる」と信仰され、春秋の彼岸にはここに大勢の人が参詣した。』

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